「美味しんぼ」85巻「坦々麺のルーツと元祖」
『ラーメンと漫画 その2』
~「美味しんぼ」と「ラーメンブーム」の関係性を探る~
最近のラーメン専門店では、店内に漫画本を置くケースは少数派かもしれないが、町中華の店などでは、雑誌や新聞と共に、漫画本を置く店も健在。かつてはラーメン専門店でも漫画が置かれている事もあり、そんな中に『美味しんぼ』を見つけると「おっ」と話題になった思い出がある。
バブル景気が始まる前の1983年に「ビッグコミックスピリッツ」で連載を開始し、同誌を代表する人気作品に。小学館から単行本を111巻発行しているが、2014年からは休載状態が続いている。社会問題の描き方で議論になって「社会派」と評される事もあったが、元々は登場人物の周囲で発生するトラブルを「食」の蘊蓄で解決するコメディで、主人公の山岡・栗田を巡っての恋のさや当てもサイドストーリーになっていた。
『美味しんぼ』で最初にラーメンが登場するのは、単行本2巻(1985年)所収の「中華そばの命」。手延べ「拉麺」の人気店を受け継いだものの、仲違いしていた二代目兄弟を山岡が仲直りさせる。単行本8巻(1987年)所収の「スープと麺」では、山岡が街に溢れる冷やし中華を酷評した後、自身の手による冷やし中華を海原雄山にぶつけるが、一蹴されてしまう。
その後も何度か「ラーメン」が登場する「美味しんぼ」だが、何といっても有名なのは、単行本38巻(1993年)の1巻まるごとを使って描かれる「ラーメン戦争」。ここに登場する「ラーメン三銃士」は、近年ではネットでの「大喜利」の題材として使われている事でも知られている。
「美味しんぼ」38巻「ラーメン戦争」
未亡人店主のラーメンを美味しく改良し、人気店にさせるストーリーは、1985年公開の映画「タンポポ」とも共通している。「美味しんぼ」ならではの特徴としては、徹底した「自然派志向」。スープにうま味調味料(化学調味料)を使わない事を「当然の事」として繰り返すだけでなく、中華麺に用いられる「かん水」も、麺のコシを出す為には不要なものとして排除している。雑誌連載当時、「無化調」「無かん水」で世に知られていたラーメン店は、吉祥寺で1989年に創業した「一二三」(閉店)くらいではなかろうか。
そして、「ラーメン戦争」がラーメン業界に問いかけたものは「無化調」「無かん水」だけではない。ストーリー後半で、苦戦する山岡達に、海原雄山が投げかけたアドバイスは大きな意味を持っている。そこではグルタミン酸を多く含む魚介出汁とイノシン酸が主体の動物系スープ、そこにグルタミン酸を感じる醤油ダレの組み合わせが、アジア人に好まれる味であると主張している。実際には鶏出汁にはグルタミン酸が多く、旨みのバランスの上に、更にグルタミン酸が加わった事で好まれる味になるという「アンバランス」の発想は、ラーメンの世界に理論的な支柱を与えたとも言える。
くじら軒
「ラーメン戦争」が、作り手だけでなく、食べ手への影響も与えた点も大きく、「グルタミン酸」で旨みを増強した「くじら軒」、「Wスープ」の「中華そば 青葉」、「無化調」を標榜した「麺屋武蔵」の「96年組」から爆発的に広まったラーメンブームは、「美味しんぼ」から膨らんだとも言えるのではないだろうか。
中華そば青葉
その後の「美味しんぼ」は、85巻(2003年)で担々麺を取り上げている。ルーツが中国四川で担いでいたもので、汁ありの担々麺が日本生まれという点まで紹介しているのだが、その時のタイトルは「坦々麺のルーツと元祖」。当時はまだ「坦」と「担」の字の違いまでは意識されてなかったようである。
【その3に続く】
(山本剛志)