開店10周年「キセキの物語」vol.1(前半)

麺屋はなび

「麺屋はなび」

~ 新山直人さん ~

開店10周年「キセキの物語」というテーマの新コラム。第一回は、このわずか10年間でご当地ラーメンを生み出した麺屋はなびの総大将、新山直人さんにお話を伺ってきました。

 

【自分のスタイルを出したかったオープン当時】

── 8月1日で10周年おめでとうございます。

ありがとうございます。

── この10年、振り返ってみるとどうですか?

もう10年も経ったんだって思いますけど、まあ、あっという間っちゃあっという間ですよね。長かったかと言われれば長かったし。

── 長いという感覚もあるんですか?

終わってみればあっという間って感じですね。まぁ、いろいろあったんで、ほんと一言ではどうだったとは難しいですけどね。

── 最初のころはどんな感じでお店を始められたんですか?

塩と醤油だけです。

── 修行先は台湾ラーメンを出していますが、最初から台湾ラーメンを出さなかった理由は?

ほんとに何ていうんですかね。職人の意地を見せたかったというか。

── シンプルな方向にもっていきたかったということでしょうか?

シンプルというか、難しいことをやってちゃんと美味しくして、要するにあの頃はまだ「どうだ俺のラーメン!」って感じだったんですよね。

── 自分の味、自分のスタイルを出していきたいということですかね。

塩ラーメンで自分のスタイルを出してどれだけ通用するのか。塩ラーメンは調味料に香りがないから、味噌ラーメンや醤油ラーメンよりも全部出て難しいので。難しいんですけど、かえってスープや麺が美味しければ簡単に美味しくなるのも塩ラーメンなんですよ。なので、簡単で難しいですね。

── 醤油ラーメンの方が香りがあるのでバランスをとるのは実は難しいという話もありますもんね。

その分、塩ラーメンは原価をかけないと美味しくない。拘ってちゃんとしたダシを取らないと。醤油ラーメンがチープに出来上がるかというとそういうわけではないですけど、塩ラーメンというのは誤魔化しがきかないぶん、本当に作り込まないと美味しいラーメンにはならないですね。

── 貝柱使うと原価かかりますよね。新宿店で塩ラーメンを食べましたが、貝柱が強くて、しっかりしているなと思いました。

原価かかりますね。でもやっぱり必要ですね。うちの和だしはかなり濃厚ですからね。

── 油も美味しなと思いました。

鶏の油に海老と貝柱とニンニクとネギと入れて、じっくりと煮込むように香り油をつくる。うちの塩ラーメンは香り油が特徴的で、香り油が薄いとどこにでもあるようなラーメンだねって。やっぱ香り油が難しいですね。最初はほんとに塩ラーメンで勝負だっていう感じでしたね。

麺屋はなび 新宿店の塩ラーメン

 

【失敗から生まれた大成功。やってみなくちゃ分からない】

── でも、比較的早い段階で台湾ラーメンをやってみようとされたということなんですよね?

まだまだ店舗が暇だったので、もっとお客さんに来て欲しいなと思って。台湾ラーメンをやればご当地だし、皆さん好きだろうと思って始めてみようと思いました。その時に台湾ミンチを作って、当初の透明なさらーっとしたスープと合わせて。そうしたら、スープが全部死んじゃったなと。全然合わないなって。

── 台湾ミンチをあの塩ラーメンのスープに乗せようと思ったんですね。その発想が凄いですよね。あの塩ラーメンに乗せようと思わないよなと思ったんですけど。

いつも、やってみなくちゃ分からないというスタンス。最初から諦めるのではなくて、ダメかもしれないけど一回やってみようって。料理で案外、うわっいいじゃんってなるときもあるんで。頭の中だけではわからないことってあったり。

で、この台湾ミンチは失敗だから捨てようとしたら、そのときいたスタッフが「もったいないから茹で上げた麺にぶっかけて賄いで食べていいですか?」って。そんなことをしたら辛すぎるのでそれはどうなの?って思ったのですが、一口もらったら案外いけちゃうねってなって。

そこから一か月ぐらい試行錯誤して先ずは限定販売したんです。台湾まぜそばとして。そこから、この限定はどんどんやってよとか、レギュラーにしてよというお客さんが多くなって。僕からしたら刻んだ生のニラを乗せるとか、かなり思い切っていましたし、あの頃ちぎり海苔が乗っている汁なしってなかったんですよ。ああいう状態で海苔が乗っているのは。

麺屋はなび 高畑本店の台湾まぜそば

 

【非常識を台湾まぜそばの常識に】

── 茹で上げた麺をテボの中でグリグリをやるのは、ラーメン屋で湯切りをたくさんしているのを見たことがヒントになったんですよね?

ちゃぶ屋ですよ。

── ちゃぶ屋ですか!

東京で食べ歩いているときにちゃぶ屋が柔らかく湯がいた麺を執拗にしつこくバチンバチンバチンってやるじゃないですか。食べてみて「あ~~なんだこれ?」って思ったんですよ。あれで麺がスープと一体化している。
で、うちも塩ラーメンの麺をバチンバチンバチンバチンバチンバチンバチンバチンバチンバチンバチンバチンって叩いて、粘りが出てきたところでスープに入れると、スープがとろっと麺に乗ってくるわけですよ。で、食べて「うまいなぁ~~~」って。

次に、これさぁバチバチバチバチ叩かなくても、麺を上げてから箸でグリグリグリグリやって粘りだした方が早いじゃんって思ってやってみたら同じような感じになったんですよ。で、まぜそばでもやってみたら「うまいぞこれ!」って。
で、箸だと時間がかかるし麺が切れちゃうので太い木の棒でやって、麺はもっと柔らかく湯がいて、糊をもっと出したらドローっとして「うわっこれだなー」って。それに気づいたのが、まぜそばをやりだした3年後ですね。いやぁ~あれに気づいたのはほんと革命的。

── 革命ですよね。麺をあえて傷付けるだなんて非常識すぎますもんね。

ですよね。誰もやってなかったですよ。

 

【まぜそばと追い飯。ネーミングクリエーターとしての才能】

── 『まぜそば』というネーミングをどうして使おうと思ったんですか?『まぜそば』というメニュー名で出していたジャンクガレッジのオープンが2007年に入ってから。麺屋はなびのオープン当時2008年は『まぜそば』という言葉の知名度がまだなかったと思うんですよね。既に『まぜそば』という名称が使い始められていると知っていたんですか?

いや、知らなかったですね。だって、もともと僕はつけめんも食べたことがないし、まぜそばを食べたこともなくてラーメン屋をオープンしているので。もともと修行したのは中華料理屋ですから。中華料理だと汁なしは伴麺(ラーメンでいうところの油そば)。

油そばはどんぶりにタレや油、茹で上げの麺を入れて、何も触らずにお客さんに出すじゃないですか。でも、まぜそばというのはどんぶりの中でこねこねして、麺と麺がこすれて粘りが出たりだとか、お客さんが更にトッピングを混ぜて食べる。混ぜまくっているんですよね。だから『まぜそば』ですよね。

── 『追い飯』というのは?

『追い飯』って言葉は追い鰹から発案して僕が作りました。うちは和風のスープと動物のスープを合わせた塩ラーメンのスープに追い鰹をするんで。どんぶりにご飯を入れる感じが、鰹節を入れるのとリンクして、『追い飯』って言おうって。

── なんで『追い飯』をつけたんですか?

まぜそばを食べているときにちょこっと口の中に米粒を感じたい。ラーメンライスでご飯を放り込んだ、あの舌でコロコロ米を転がしているときの心地よさというか、まぜそばを食べていてもご飯を口の中でちょっと感じると満足感があるって思って。あとはどんぶりを空にして、全部食べたということは美味しかったんだなってお客さんに自分で思ってもらいたい。そういうことでつけました。

(後半につづく)