「私と冷やしラーメン」
とある夏の暑い日、私は無性にラーメンが食べたかった。しかし連日の猛暑にやられてしまい、胃の調子もよくなく、いまいち食欲が湧かない・・・。さてどうしたものかと考えた。中華料理屋で冷やし中華でも頼むか。いや、冷やし中華は“冷やし中華”であってラーメンではない。その日は悩みに悩み、結局、ざるそばを食べた。
そんな話を営業先との商談で口にした。その際、お客さんから山形には冷やしラーメンというものがあると教えてもらった。冷やしラーメンとはスープも麺も冷たい醤油味のラーメンのようだ。場合によっては氷が浮いているラーメンもあるらしい。食に我儘と自負している私は、ラーメンは熱いうちに食べるものであり、熱いからこそ美味しく魅力がある。冷えているラーメンなんて湿気ている海苔みたいなものではないかと思ったが、冷やしラーメンを想像すると喉がなりつばを飲み込んだ。
数日後、うだるような暑い日、またラーメンが食べたくなった。でも相変わらず胃の調子はよくない。冷やしラーメンでも冷やかし半分で食べてみるかと考えた。ただ、そこでなんとなくではあるが、初めての冷やしラーメンは山形の本場で食べたいと思った。おそらく冷やしラーメンの無限の可能性が、私の脳裏に横切ったせいだと思う。現場でないと感じ取れないものがある。これは私が最初に配属された上司の言葉だ。そうだ、山形へ冷やしラーメンを食べにいこう。しかし、世の中は新型コロナウイルス感染拡大で遠出するのは憚られる。悶々とした思いで夏を過ごした。
秋になり、新型コロナウイルス感染者数も減少傾向となった折、私に日帰りの山形出張の機会が到来した。憧れの冷やしラーメンが食べられる!私は遠足が楽しみで寝られない子供のような気持ちで数日過ごした。山形は11月ということでコートなしではいられないほど寒かった。仕事をそうそうに切り上げて私は栄屋分店に向かった。栄屋分店とは、冷やしラーメンを最初に提供したとされている栄屋本店の分店である。
行列を覚悟していたが平日で昼時も過ぎていた為、並ぶことはなかった。綺麗で清潔感のある店内である。店内には程よくお客さんが座っている。メニューを一瞥し、早速冷しワンタンメンを注文した。11月だった為、店内で冷やしを頼んでいたのは私一人であった。座って待っているとすぐにラーメンが提供された。透き通るようなスープにかたまらず浮いている脂、麺を埋め尽くす沢山のワンタン、可愛らしい蒲鉾と思わず笑みがこぼれる。レンゲをすくってスープを一口、うん、しっかりと冷たい。冷たいながらもしみじみと沁みる旨味のあるスープ。麺も一回水で締めているのか、しっかりとコシと弾力がある。具材も冷たいのに美味しい。いや、冷たいがゆえに美味しい。ワンタンは食べても食べてもなくならず、皮がツルツルと官能的に唇にくっつき、心地良い余韻を与えてくれた。11月の山形の気温は寒く、ラーメンは冷たかったが、私の心はホカホカになってお店を出た。新しいラーメンに出会う度にラーメンの多様性には驚かされることが多い。早く新型コロナウイルスが終息し、私がまだ出会っていない新しいラーメンに気軽に出会える世の中になってくれることを切に願う。
(ブラックワカメ)